MATCHWEEK 2 / 2026–27

推しクラブの結果、次戦、順位、移籍を一か所に

最終更新 2026.09.07 JST

PREMIER LEAGUE
CHE

チェルシー

順位
4
勝点
6
直近2試合
WW

2試合で7得点。一方で5失点を喫しており、守備には不安が残る。

直近の結果30 AUG

チェルシー 4–3 ブライトン

次の試合06 SEP / 16:30 UK

アーセナル vs チェルシー

TRANSFER DESK

移籍情報

移籍市場最終日の主な動きと、成立しなかった交渉を掲載しています。

正式発表

エンソ・フェルナンデス、マンチェスター・シティへ

マンチェスター・シティがチェルシーからの加入を発表。契約は2031年夏までの5年間となる。

情報元: Manchester City
正式発表

イリマン・エンディアイエ、エヴァートンからシティへ

両サイドと中央でプレーできる26歳のアタッカー。シティと2031年夏までの5年契約を結んだ。

情報元: Manchester City
正式発表

ガブリエウ・ジェズス、バルセロナへ移籍

バルセロナは9月1日、アーセナルからの加入を発表した。契約は2029年6月まで。

情報元: FC Barcelona
正式発表

エミリアーノ・マルティネス、加入当日にチェルシーデビュー

アストン・ヴィラから3年契約で加入。発表当日のブライトン戦に先発し、4–3の勝利を収めた。

情報元: Chelsea FC
報道

アルバレスはアトレティコ残留 アーセナルの獲得交渉は不成立

移籍最終日にアーセナルが獲得を試みたものの、移籍は成立せず。アルバレスは今季もアトレティコでプレーする。

情報元: Premier League

FEATURES

読み物

クラブ文化、育成、スタッフ、試合、選手、街。スコアの先にある話を届けます。

62

施設・安全

66人が亡くなった13番階段 アイブロックスの惨事が全国の安全基準に変わるまで

英国の競技場安全で使われる「グリーン・ガイド」は、1971年のアイブロックス惨事後に薄いA4冊子として始まった。66人が亡くなった13番階段の事故は、設備だけでなく、警察、救護、群衆管理を同じ基準で考える転換点になった。指針と法律は、事故のあとにどう役割を分けたのか。

61

サポーター文化・施設

ライバルの色が本拠地を埋めた ブライトン「Fans United」から14年の仮住まいへ

1997年2月8日、ブライトンの本拠地に、別のクラブのシャツを着た人々が集まった。呼びかけたのは、プリマス・アーガイルを応援する15歳のリチャード・ヴォーンだった。土地も資金も持たないサポーター同士の連帯は、クラブが14年後に街の新しい本拠地へ戻るまで、何を残したのか。

60

クラブ史・色

公式史は「Rossbach」、公文書調査は「Rorschach」 ボローニャの赤青を運んだ学校の住所

ボローニャFCの赤と青は、初代主将アッリーゴ・グラーディがスイスの学校で着ていたシャツに由来する。クラブ公式史は学校を「Rossbach」と記す。ところが、公文書を調べた地元の歴史団体が示した住所は「Rorschach」だった。似た二つの綴りから、色の由来と学校の場所を分けて考える。

59

クラブ文化・街

市章から公募作へ サウサンプトンの紋章に後光と港町が同居する理由

サウサンプトンFCの紋章には、後光、ボール、マフラー、木、波、白いバラが縦に並ぶ。古い紋章学の図案ではない。1974年、地元のグラフィックデザイナー、ローランド・パリスがサポーター向け公募に出した一枚が土台になった。

58

クラブ史・文化

「Dundee City」を登記しても使えなかった 隣クラブとの交渉がUnitedを生んだ1923年

ダンディー・ユナイテッドは1923年、「Dundee City」という会社名まで登記していた。それでもピッチで使った新しい名は「United」だった。同じ街のダンディーFCが、Cityでは相手が街の代表に見えると反対したからだ。改名の前には、クラブが消えかねない危機とリーグ復帰があった。

57

クラブ史・記憶

ダッハウ33日を経て、1947年に会長へ戻った バイエルンがラントアーを現在形で記憶する理由

バイエルン・ミュンヘン初のドイツ王者を率いた会長は、翌年、ユダヤ系であることを理由に職を追われた。クルト・ラントアーはダッハウ強制収容所への収容とスイス亡命を生き延び、戦後の会員投票で会長へ戻る。クラブがこの人物を語るなら、優勝と復帰だけでなく、排除に合わせた自らの歩みも外せない。

56

施設・街

107戸の高齢者住宅を観客席と同じ建物へ FCバーゼル本拠地が「街の建物」でもある理由

FCバーゼルの本拠地ザンクト・ヤコブ・パルクには、観客席と同じ建物の中に高齢者住宅がある。107戸のアパートと16室の介護用個室を備え、買い物にも館内から行ける。試合日の器と日常の住まいを重ねた競技場だ。

55

クラブ文化・社会

売らずに贈った命名権 QPRが本拠地を15歳の育成選手の名前で呼んだ3季

ロンドン西部のクイーンズ・パーク・レンジャーズは2019年、本拠地の命名権を企業へ売らなかった。サポーター投票を経て、地域の慈善団体へ無償で渡した。競技場は3季にわたり、15歳で亡くなった育成選手キヤン・プリンスの名を掲げた。

54

女子・育成

9人に5年の寄宿奨学金 Right to Dreamがガーナで始めた女子の生活ごと支える育成

2013年、ガーナの育成組織Right to Dreamは、10~13歳の女子9人を寄宿型アカデミーへ迎えた。奨学金は5年間。練習だけでなく、学校と暮らしも支える枠だった。卒業後の道は、プロ契約だけに一本化されていない。

53

施設・クラブの日常

試合がない平日も134人が通う ザンクト・パウリ本拠地の中にある保育園

ドイツ北部ハンブルクのFCザンクト・パウリには、試合日だけ開く託児所ではない保育園がある。本拠地ミラントア・シュタディオンの一角にある「ピラーテン・ネスト」だ。現在の運営者案内では、11カ月から就学前までの134人が8グループに分かれて通う。競技場の空間が、平日の朝から夕方まで街の生活に使われている。

52

サポーター文化・差別

2万3000人の94%が差別語になり得ると認め、55%は現状を支持した トッテナム「Y-word」調査のねじれ

94%と55%。正反対に見える数字が、同じ調査に並んだ。イングランドのトッテナム・ホットスパーが2万3000人を超える回答を集めると、94%は「Y-word」がユダヤ人への差別語になり得ると認めた。一方、55%はサッカーの場で当時の使い方を続けることに賛成した。矛盾というより、言葉の歴史と現在の届き方を別々に尋ねた結果だった。

51

クラブ経営・サポーター

1株10.75ユーロを世界へ レアル・オビエドを救った小口株主と大口投資の順番

2012年11月、スペイン北部アストゥリアス州のレアル・オビエドは3部にいた。さらに深刻だったのは、資本不足でクラブが解散手続きへ進みかねないことだった。クラブは1株10.75ユーロで世界から出資を募る。約2万人が193万ユーロ分を買い、その後にメキシコのカルソ・グループが200万ユーロを投じた。救済は「ファンか富豪か」の二択ではなく、役割の違う資金が順番に重なった出来事だった。

50

クラブ史・経営

工場で生まれ、売却から11年後にユニフォームへ戻った プジョーとソショーの新しい距離

FCソショー=モンベリアールは、フランス東部の自動車工業地帯に生まれたクラブだ。創設したプジョーは2015年に経営から離れた。それから11年後の2026年、同社の名はトップチームのシャツへ戻った。ただし、立場はオーナーではなく、5年間の主要スポンサーである。

49

施設・地域

北スタンドに教室も入れた エイバルが住宅と斜面の間で8164席まで広げた方法

スペイン北部バスク州の工業都市エイバルは、2025年1月時点で人口2万7540人。市営のイプルア競技場は、住宅と斜面に挟まれた同じ場所で改修を重ね、現在8164席を備える。2015年に完成した北スタンドには、観客席だけでなく教室と事業スペースも入った。

48

サポーター文化・地域支援

19ユーロで置かれた2万人の「分身」 グラートバッハの無観客席をファンが埋めた方法

2020年春、ドイツのブンデスリーガは新型コロナ禍で無観客再開へ向かった。メンヒェングラートバッハの本拠地ボルシア・パルクでは、空席に等身大の段ボール製パネルが並んだ。クラブの広告企画ではない。ファン団体が始め、1体19ユーロの代金は制作だけでなく雇用と支援にも回った。

47

制度・クラブ史

リーグはスイス、欧州への入口は自国杯 FCファドゥーツが二つの国で戦う仕組み

FCファドゥーツは、スイスとオーストリアに挟まれた小国リヒテンシュタインの首都クラブだ。リーグ戦はスイスで戦い、欧州大会への入口は自国のカップ戦にある。2026年はスイス2部を制して昇格し、リヒテンシュタイン杯も優勝した。二つの国にまたがる仕組みが、同じシーズンに重なった。

46

施設・サステナビリティ

「リーフ148台分」の電池を競技場へ アヤックス本拠地が電力の波をならす方法

ヨハン・クライフ・アレナは、アムステルダムにあるアヤックスとオランダ代表の本拠地だ。2018年、ここに電気自動車「日産リーフ」148台分に相当する蓄電池が入った。太陽光をためるだけではない。試合やコンサートで急に膨らむ電力需要をならし、停電時には予備電源になる。

45

サポーター文化・施設

2975人の「立つ席」をつくった セルティックが応援の熱を設備と入場管理に分けた理由

セルティック・パークは、スコットランドのグラスゴーにあるセルティックの本拠地だ。2016年、ここに2975人分のレールシートが入った。大事なのは「立てる席」を置いたことだけではない。誰が入るか、どこへ動けるか、何人の係員が見るかまで、応援の熱を管理する仕組みに変えた。

44

サポーター文化・地域支援

赤青の試合日から、紫の車で六つの街へ リヴァプールとエヴァートンの食料支援

リヴァプールには、赤いリヴァプールFCと青いエヴァートンFCをまたぐ食料支援がある。始めたのはクラブではなく、両クラブのサポーターだった。2015年の小さな回収活動は、本拠地での共同受付、紫色の車、六つの地域パントリーへ広がった。数字を追うと、寄付を集める運動から、食料を受け取りやすい場所を街に置く仕組みへ変わったことが分かる。

43

教育・地域

親が直接申し込めない「クラブの学校」 エヴァートンが13〜19歳を学びへ戻す仕組み

エヴァートン・フリースクールは、イングランド北西部リヴァプールにある13〜19歳の共学校だ。プレミアリーグのエヴァートンFCを名乗るが、選手を選抜する育成組織ではない。主流の学校とは別の環境を必要とする若者を、在籍校や自治体からの紹介で受け入れる。保護者が直接、席を申し込めないことに、この学校の役割が表れている。

42

歴史・教育

第1回W杯の33年前、リメはクラブを作った レッドスターは800人超に文化も教える

FIFA会長として第1回ワールドカップを実現したジュール・リメは、その33年前、24歳でパリのレッドスター創設に関わった。クラブはのちにパリ北郊サン=トゥアンへ移り、現在はサッカーと芸術を組み合わせる無料講座も開く。1897年の理念が同じ制度のまま続いたわけではない。それでも、競技だけに閉じないクラブの姿は別々の時代に現れている。

41

女子サッカー・経営

246人の小口投資から、米ファンドの少数出資へ ヴィクトリア・ベルリン女子の「クラブと会社」

ドイツの首都ベルリンにあるFCヴィクトリア1889ベルリンは、2022年に女子トップチームの運営を別会社へ移した。6人の女性が始め、2024年には246人から70万ユーロ超を集めた。翌年には米国の女子スポーツ投資会社が少数株主として加わった。会員制クラブの名前と競技基盤を残し、成長資金だけを会社で集める関係が変化している。

40

歴史・サポーター文化

リーグ首位の11人がまとまって志願した ハーツの記念碑が競技場ではなく街に立つ理由

第一次世界大戦中の1914年、スコットランド・リーグ首位のハート・オブ・ミドロシアン、通称ハーツから11人の選手が「マクレー大隊」へまとまって志願した。のちの資料は、クラブと関係した選手を16人とも数える。最初の集団と、その後まで含む人数は同じではない。記念碑は競技場ではなく、エディンバラの交通拠点ヘイマーケットに立っている。

39

経営・サポーター文化

5試合を無料にしたが、3部ではいったん休む デュッセルドルフ「Fortuna für alle」の現実

フォルトゥナ・デュッセルドルフは、2023-24季から無料のホーム試合を3、4、5試合と増やした。2025-26季までの3年間で計12試合になる。ところが2026年、3部降格を受けて無料試合を休止した。入場料を消すのではなく、協賛収入へ置き換える試みは、カテゴリーが変わった時に最も厳しい試験を受けた。

38

クラブ経営・サポーター

プレミア昇格で、新作を毎年売らなくてよくなった ブレントフォードの「2季シャツ」

ブレントフォードは2021年、初めてプレミアリーグで着たホームシャツを翌季にも残した。理由は環境だけではない。1部昇格で放送・商業収入が物販売上を大きく上回り、新作を毎年出さなくても収入へ重大な影響は出にくいと判断した。2025年の一季だけの例外にも、クラブは理由を示している。

37

経営・人物

胸スポンサーから「議決権なし」の1.4%株主へ エド・シーランとイプスウィッチ

世界的な歌手エド・シーランは、イプスウィッチ・タウンの胸スポンサーを4季務めたあと、クラブの1.4%を取得した。ただし議決権はなく、取締役にもならない。広告、出資、知名度を生かした協力は、同じ「支援」でも役割が違う。

36

女子サッカー・用具

白いパンツを、次の新作まで待たずに替えた マンチェスター・シティ女子と月経の不安

マンチェスター・シティ女子は2022年10月、月経時の漏れへの不安を受け、白いパンツをやめた。翌季の新商品を待たず、そのシーズン中からアウェー用のえんじ色を使った。選手個人に対策を任せず、クラブと用具メーカーが供給する側の問題として扱った。

35

育成・教育

選手の優先権だけではなかった FCメスがセネガルの育成校へ20年以上通う理由

フランス北東部ロレーヌ地方のFCメスは、セネガルの育成組織ジェネレーション・フットと2003年から提携している。メスが得たのは、有望選手を先に選べる権利だけではない。ダカール郊外の施設には寄宿舎、食堂、高校、天然芝のピッチがそろい、選手はプロを目指しながら学校へ通う。移籍の前後を支える仕組みが、20年以上続いている。

34

クラブ史・人物

外国人は認めても、バスク外のスペイン人はまだ呼ばなかった ソシエダとオルドリッジの1989年

レアル・ソシエダは1989年、リヴァプールからジョン・オルドリッジを獲得した。クラブ公式が『現代で最初の外国人』と呼ぶ移籍だ。ただし、バスク出身者以外を一度に広く受け入れたわけではない。外国人は認めても、バスク地方外のスペイン人はまだ獲らない。そんな折衷案から始まった。

33

社会・クラブ文化

2季分を無償で渡し、16年後は規制で空いた一試合へ ヴィラと小児ホスピスAcorns

アストン・ヴィラは2008年、ユニフォーム胸部を小児ホスピスAcornsへ無償で提供した。掲出は2季続いた。2024年に同じロゴが欧州戦で戻ったのは、商業スポンサーを再び長期で外したからではない。オランダの広告規制で空いた一試合に、16年続く関係を置いたものだった。

32

クラブ史・人物

13〜20歳の22人が創設し、翌年に加わった学生が会議の言葉を変えた ナシオナルの1899年

クラブ・ナシオナル・デ・フットボールは1899年5月14日、ウルグアイの首都モンテビデオで13〜20歳の若者22人が設立した。だが、リーグ会議をスペイン語で行うよう求めたミゲル・ネベルは、その22人ではない。翌年に別クラブから加わった学生だった。創設者と後発組の仕事を分けると、『ナシオナル』という名が一度の会議だけで完成した理念ではなかったことが見えてくる。

31

クラブ史・街

芝を傷めた庭師たちに、男爵は別の土地の賃料を出した ファースト・ヴィエナの1894年

オーストリア最古のサッカークラブとされるファースト・ヴィエナFCは、競技場から始まったわけではない。舞台はウィーンのロスチャイルド家の庭園だった。英国人庭師が同僚へ競技を教え、芝を傷めると、庭園主ナサニエル・ロスチャイルドはプレーを禁じた。だが追い出して終わらず、別の土地の賃料と活動費を負担した。

30

育成・安全

相談担当者を、法律より先に置いた アスレティック『Aterpe』の未成年保護

育成組織の安全は、監督やコーチの善意だけでは守れない。スペイン北部ビルバオのアスレティック・クラブは、未成年者が相談できる担当者と手順を『Aterpe』という制度にまとめた。2019年には担当者がバスク議会で制度を説明していた。スポーツ団体へ同種の役割を求めるスペイン法ができたのは2021年だ。

29

Tips・クラブ文化

他クラブの選手を、サン・マメスで表彰する アスレティックが始めた「忠誠」の賞

選手を表彰するなら、自クラブの功労者を選ぶのが普通だろう。スペイン北部ビルバオのアスレティックは違う。2015年から、プロ生活を一つのクラブだけで送った他クラブの選手にOne-Club Awardを贈っている。賞を通して語るのは、受賞者の成績だけではない。アスレティック自身が何を大切にするクラブなのかも見えてくる。

28

クラブ統合・歴史

最終節の1点が、3クラブ統合の前提を守った FCユトレヒトの1970年

FCユトレヒトは、オランダ中部の都市ユトレヒトを本拠地とする。1970年7月1日、DOS、エリンクワイク、フェロックスという市内3クラブの統合で生まれた。ただし、新クラブが1部リーグから始めるにはDOSの残留が必要だった。統合交渉の最後に、リーグ最終節の1点が経営上の意味を持った。

27

歴史・街

鉄道員だけのクラブを、街へ開いた ロサリオ・セントラルの1903年

ロサリオ・セントラルは、アルゼンチン中部の大都市ロサリオを代表するクラブの一つだ。だが1889年の入口は狭かった。会員になれたのは鉄道会社の従業員だけ。1903年、会社の統合をきっかけに会員資格とクラブ名を一緒に変えた。「ロサリオ」と「セントラル」という二語には、街と鉄道の両方が残った。

26

施設・クラブ史

市350万ユーロ、州は融資返済、クラブ100万 トリノ旧本拠地を戻した「財団」の分担

トリノFCの旧本拠地フィラデルフィアは、黄金期の記憶だけでは再建できなかった。市、州、クラブ、サポーターが同じ財団に入り、資金の出し方と意思決定の役割を分けた。2017年に戻ったのは、セリエAの試合会場ではなく、練習と育成に歴史をつなぐ場所だった。

25

経営・サポーター

欧州スーパーリーグへの抗議後、16人を置く契約へ リヴァプールの「ファン同意」は二つだけ

2021年の欧州スーパーリーグ構想は、リヴァプールとサポーターの関係も揺らした。クラブは翌年、16人のSupporters Boardを契約と会社定款に組み込んだ。ただし、ファンが何でも拒否できる制度ではない。同意投票が必要な事項は、本拠地と離脱型大会の二つに絞られている。

24

女子・育成

他クラブの参入枠を買わず、最下部から4連続昇格 ドルトムント女子が選んだ5年

ボルシア・ドルトムントは2021年、女子チームを最下部の地域リーグから始めた。他クラブのライセンスを買わず、4季で4回昇格した。5季目に連続昇格は止まったが、2026年にはドイツ代表の元主将アレクサンドラ・ポップが3部のチームへ加わった。遠回りを選んだクラブに、世界的な実績を持つ選手が合流するまでの5年だった。

23

文化・サポーター

89人が門を越え、今は会員抽選で2万8500人 ウニオンのクリスマス合唱

12月23日、ベルリンのスタジアムに2万8500人が集まる。試合はない。クリスマスの歌とクラブの歌を、自分たちで歌うためだ。ウニオン・ベルリンの「Weihnachtssingen(クリスマス合唱)」は、2003年に89人のサポーターが閉じた門を越えた夜から始まった。20年余りで、無許可の集まりは会員抽選が必要な年中行事になった。

22

社会・医療

眼科検診車が学校へ行く アストン・ヴィラが「約2万回の支援」で埋めた受診の空白

アストン・ヴィラのクラブ財団は、眼科検診車でバーミンガムの小学校を回っている。教室で目の仕組みを伝え、簡易検査を行い、必要な子どもは車内で詳しく診る。処方眼鏡も無料だ。2025年までに記録した約2万は、診察した人数ではなく、授業や検査を合わせた延べの介入回数である。数字を分けて読むと、クラブが医療の入口に立つ理由が見えてくる。

21

女子・サポーター文化

娘が気づいた静かな客席から、7000人の女子遠征へ ハンマルビーの応援が増えた順番

ハンマルビー女子の応援文化は、2023年のリーグ優勝と同時に生まれたわけではない。その数年前、シモン・サンドストレムは幼い娘と女子チームを見て、男子の試合で聞こえるような歌声がないことを指摘された。友人に声をかけ、拡声器を買い、試合前の集まりを始めた。やがて女子リーグの最終節には7000人を超えるファンが遠征した。

20

女子・経営

余興で始まり、専用棟まで持った スタッド・ランス女子が全国リーグを降りた58年

1968年、ランスの見本市の余興として集まった女子チームは、フランス初期の王者になった。2021年には700平方メートルの専用棟も計画された。それでもクラブは2026年、トップチームを全国リーグへ登録しないと決めた。残すのは100人超の女子部門、失うのはプロとして戦う全国の席。この二つは同じではない。

19

Tips・施設史

45分を数えたらFAに止められた アーセナルの時計が「Clock End」を残すまで

アーセナルの旧本拠地ハイバリーには、試合の45分を数える大時計があった。イングランド・サッカー協会(FA)は、その表示が審判の計時を損なうとして止めた。クラブは時計を外さず、普通の時刻表示へ変えた。45分表示は短命に終わったが、時計を置いたゴール裏の「Clock End」という名は新本拠地にも残った。

18

社会・メンタルヘルス

選手の更衣室ではなく、男性が話す12週間 ハイバーニアン発「The Changing Room」

サッカーの話ならできても、自分の不安は話しにくい。スコットランドのハイバーニアンで2018年に始まった「The Changing Room」は、その距離を12週間かけて縮める講座だ。競技場でクイズや散歩をしながら、男性が心の健康を話せる関係をつくる。医療や危機対応ではないからこそ、必要な支援へつなぐ備えも組み込んだ。

17

社会・調査

30か国8000人を、得点だけでは測らない インテルが6地域で試した社会事業の評価

インテル・ミラノの社会事業「インテル・キャンパス」は、2022年11月時点で30か国127地域に広がり、毎週8000人を超える子どもが参加していた。その広がりを参加者数だけで語らず、アンゴラなど6つの事業では、学校との関係や、暴力・飲酒・薬物を避けた経験まで尋ねた。30か国を同じ順位表に並べない評価だった。

16

制度・サポーター

トップ32クラブは19対13で反対、それでもVARは残った ノルウェーの二段階投票

ノルウェー男子の上位2部32クラブは2025年1月、19対13でVARの継続に反対した。ところが3月のサッカー協会総会では、321対129でVARの維持・改善案が通る。結論は逆に見えるが、同じ有権者が考え直したわけではない。最初は上位クラブの会議、次は地域協会や下部クラブも加わる全国総会だった。

15

経営・サポーター

195万ポンドの投資案が投票途中で消えた マザウェルの「71%」は何を守ったのか

スコットランドのマザウェルFCでは、2024年6月時点でサポーター組織が株式の71%を持っていた。そこへ、外部投資家が6年で195万ポンドを入れ、最終的に49%を持つ案が現れる。会員の56%が投票した段階で、その78.5%が反対していた。だが正式な否決結果はない。投資家が先に撤回し、クラブが票を数えずに投票を止めたからだ。

14

教育・就労

26週間の授業から最初の有給仕事へ ランダースFCが14〜17歳に渡す「企業の入口」

デンマーク中部ユトランドのクラブ、ランダースFCには、プロ選手を選ぶためではない「ジョブ・アカデミー」がある。対象は、最初のアルバイトへ踏み出すのに支えが必要な14〜17歳だ。26週間かけて働く準備をし、クラブと自治体が地元企業への入口をつくる。育成という言葉を、ピッチの外へ広げた取り組みだ。

13

歴史・街

三つのクラブを束ねても、ラツィオは入らなかった ASローマが1927年に背負った街の色

ローマとラツィオの対立は、同じ街に二つのクラブが生まれた、という単純な話ではない。ラツィオは1900年から存在した。ASローマは1927年、三つのクラブを一つにして作られた。そこには北部勢へ対抗する競技上の狙いがあり、ファシズム期の政治も重なった。それでも、街の統合は完成しなかった。

12

歴史・背番号

永久欠番なのに、息子には開いている ミランの「3番」がマルディーニ家に残した条件

ACミランの3番は、パオロ・マルディーニの引退とともに使われなくなった。ところが、完全に閉じた番号ではない。息子がミランのトップチームへ進めば、再び使える余地が残された。永久欠番に付いた家族限定の例外は、どこまで決まっていたのか。

11

歴史・経営

14試合の収益をパリへ預けた バルセロナを残し、選手を散らした1937年北米遠征

1937年、スペイン内戦のさなかにFCバルセロナはメキシコと米国へ渡った。目的は親善だけではない。資金難のクラブを支えるためだった。遠征はまとまった収益を残したが、選手の多くは戦地へ戻らなかった。クラブの存続と、一人ひとりの避難が同じ旅の中で分かれた。

10

クラブ史

3度優勝した監督は、1938年に仕事を失った インテルとボローニャがヴァイスを教え直す理由

アルパド・ヴァイスは、インテルとボローニャで計3度のイタリア王者になった。だが、ユダヤ人だった彼は1938年の人種法で仕事と居場所を失い、1944年にアウシュヴィッツで殺された。長く忘れられた監督を、二つのクラブはいま、追悼式だけでなく育成年代の学びへ戻している。

09

施設

アウェー更衣室を産科外来へ トッテナム本拠地が約3カ月半で4万1500件を受け入れた

2020年春、トッテナム・ホットスパーの本拠地は無観客になっただけではない。アウェー更衣室や検査室が、妊婦と女性患者を診る場所に変わった。近隣病院の外来機能を72時間で移し、約3カ月半で4万1500件を超える予約を受け入れた。多目的スタジアムの価値が、スポーツ以外で試された期間だった。

08

クラブ文化

試合のない夜は映画館へ アスレティックの映画祭で出会う、サッカーのもう一つの顔

試合のない週に、サッカーを見に映画館へ行く。スペイン北部ビルバオのアスレティック・クルブには、そんな楽しみ方がある。財団が開く映画祭「Thinking Football」は2013年に始まった。名勝負だけでなく、難民として生きた選手や、記憶を失っていく名監督の人生も上映する。映画を見た後は、作品に関わった人の話を聞ける。

07

育成

プレーするだけでなく、教える側へ FCバーゼルも参加する「二人一組」のコーチ育成

サッカーを続ける道は、選手だけではない。スイスのFCバーゼルも参加する指導者研修では、障害のある若者とない若者が二人一組で学ぶ。目指すのは、一人がずっと助ける側に回ることではない。互いに力を借りながら、子どもたちにサッカーを教えるコーチになることだ。

06

スタッフ

練習場のコーヒーから、サポーターの葬儀まで ウェストハムのクラブ牧師の仕事

選手の話を聞き、スタッフの家族を気遣い、サポーターの葬儀にも関わる。ロンドン東部のクラブ、ウェストハムには、そんな仕事をする牧師がいる。病院の牧師として働くフィル・ライトは、クラブではボランティア。試合に勝つためのスタッフとは、少し違う役割を担っている。

01

試合分析

勝ったのに、安心できない。チェルシーの4–3が残した二つの顔

前半32分で3点。後半は1点差。速さを手に入れたチェルシーは、試合を落ち着かせる術をまだ持っていない。

02

移籍分析

エンソ売却でチェルシーは何を失ったのか 大金で埋まらない仕事がある

クラブは大きな移籍金を得た。だが、ボールを前へ運び、パーマーへ渡す役目は誰が担うのか。

03

次戦展望

アーセナル対チェルシー 全勝同士でも、完成度には差がある

アーセナルは2試合無失点。チェルシーは7得点5失点。日曜のロンドン対決は、両者の長所と弱点がそのままぶつかる。

04

選手を知る

コール・パーマーは、なぜ狭い場所でも前を向けるのか

速さで抜く選手ではない。相手が寄せてくる前に、次のプレーを決めている。

05

クラブと街

チェルシーの本拠地がフラムにある理由 クラブより先に競技場があった

スタンフォード・ブリッジは1877年に開場し、チェルシーFCは1905年に生まれた。順番を知ると、クラブ名と住所が違う理由が分かる。

CLUB GUIDE

チェルシー観戦前の4ポイント

今の戦い方、中心選手、監督、本拠地の街を短く紹介します。

CHELSEA FC
PREMIER LEAGUE

TEAM

3–4–2–1。奪ったら両翼へ

ネトとハトが幅を取り、パーマーとモーガン・ロジャーズが中央へ入る。奪った直後は横パスを重ねず、空いたサイドへ一気に運ぶ。ブライトン戦の前半3得点は、この形から生まれた。

PLAYER

パーマーは右の内側に立つ

相手の中盤と最終ラインの間で左足にパスを受ける。寄せが遅ければ反転し、背後から来ればワンタッチで味方を使う。シュートとラストパスを同じ構えから出せる。

MANAGER

アロンソは試合中に形を変える

開始時は3–4–2–1でも、守る時は5–4–1になる。ブライトン戦では終盤に中盤を4枚へ増やした。選手交代だけでなく、立ち位置を動かして流れを変えようとする。

CITY

試合日はフラム・ブロードウェイから

スタジアムはチェルシー地区ではなく、ハマースミス・アンド・フラム区にある。最寄り駅から徒歩数分。試合前はフラム・ロードのパブや飲食店に青いシャツが集まる。