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1986年、客席の旗から「第2ロゴ」が育った ザンクト・パウリの髑髏

ドイツ北部ハンブルクのFCザンクト・パウリには、円形のクラブ章と並ぶ髑髏の印がある。最初に客席へ現れたのは1986年ごろ。近所の印刷業者が別の図柄を作り、サポーター支援拠点がシャツを広めた。クラブが商標を得たのは、その後の1999年だった。

1986年ごろ、Doc Mabuseが旗を持ち込んだ

クラブ博物館によると、ハーフェン通りの住人でDoc Mabuseと呼ばれたファンが、遊園地Hamburger Domで買った海賊旗をほうきの柄に付けた。持ち込んだ先は、本拠地ミラントアの東側スタンド。髑髏には眼帯があり、後に商品へ使われる図柄とは形が違った。ほかの観客も同じ旗を掲げるようになった。

1989年、地区名入りのシャツが客席へ広がった

近所でスクリーン印刷会社を営むシュテフ・ブラウンは、古い解剖学書の頭蓋骨と交差する骨を組み合わせ、St. Pauliの文字を添えた。1989年に地区向けのシャツとして売り出され、1990年創設のFanladenが大口の取扱先になった。Fanladenは遠征や差別問題にも関わるサポーター支援プロジェクトで、シャツはその利用者を通じて客席へ入った。

1999年に商標、2016年に商品事業の管理がクラブへ戻った

ブラウン側は模倣品に対応するため、1996年7月2日に商標を登録した。1999年9月、商標をFCザンクト・パウリのマーケティング会社へ売却し、髑髏はクラブの「第2ロゴ」になった。クラブは経営難の2004年、商品事業の権利90%をUpsolut Merchandisingへ売却。2015年に130万ユーロを払う和解が成立し、2016年1月から商品事業の管理を取り戻した。旗、図柄、商標、商品事業は、それぞれ別の時点でクラブへ結びついた。

参考記事FC St. Pauli Museum — the double invention of the skullTexmen — St. Pauli skull trademark historyThe Guardian — €1.3m merchandising-rights settlement