ゴール裏は住宅、ピッチは庭になった アーセナルがハイバリーを壊し切らなかった理由
アーセナルの旧本拠地ハイバリーには、いま725戸の住宅がある。それでも東西スタンドの外観と、ピッチの形を受け継ぐ中庭が残った。保存された競技場を眺める場所ではなく、その中で暮らす住宅へ変えた例だ。
93年の本拠地を、住宅へ渡した
ハイバリーは北ロンドンの住宅地にあった。アーセナルは1913年から2006年まで、93年間ここで試合をした。より収容力の大きい近隣のエミレーツ・スタジアムへ移った後、3.5ヘクタールの跡地は「ハイバリー・スクエア」という集合住宅へ変わった。設計事務所Allies and Morrisonは725戸と記す。クラブ公式の2017年の記事は650戸超、施工会社Sir Robert McAlpineは724戸と説明しており、この記事では完成後の設計者資料に合わせて725戸とした。
東スタンドは、1997年から保護建築だった
保存の中心は1936年完成の東スタンドだ。アールデコは、幾何学的な線や装飾を特徴とする20世紀前半の建築様式。東スタンドはその代表的なサッカー建築として、1997年7月16日にGrade IIへ登録された。Grade IIは、英国で特別な建築的・歴史的価値を持つ建物を守る指定だ。Historic Englandの登録には、外壁に加えて玄関ホールや役員室など内部の特徴も記録されている。
東西は住戸へ、南北は新しい建物へ変わった
設計者は、保護対象の東スタンドと、少し後に建てられた西スタンドを残して住宅へ転用した。北側と南側のスタンドは取り壊し、その位置に新しい住棟を建てた。施工会社の説明では、東側の大理石ホールも修復され、住宅の入口として使われる。外壁を背景に置いた記念施設ではなく、スタンドの骨組みと部屋を新しい用途へ組み込んだ。
ピッチの寸法が、四棟の間を空けた
中央の共用庭園は、旧ピッチの寸法と配置を受け継ぐ。設計者は、スタンドの4メートル間隔の構造を計画全体の基準にも使った。四つの大きな住棟が庭を囲むため、住宅を増やしながらも中央に広い空間が残る。保存したのは芝やラインそのものより、スタンドとピッチがつくっていた関係だ。
試合の記憶は、住民の生活動線へ移った
ハイバリー・スクエアには、日中にアヴェネル・ロードとハイバリー・ヒルを結ぶ管理された通路も設けられた。外から歴史的な建物を見られる一方、庭は住民の共用空間として使われる。クラブの歴史をそのまま復元する方法と、街の住宅需要に合わせて使い続ける方法は異なる。ハイバリーは後者を選び、外観と空間の形を日常へ渡した。
