1957年の手製横断幕から2025年のスマホ写真へ 女性ファン22人が残した観戦の記録
1957年にウェンブリーへ持ち込まれた手製の横断幕と、ニューカッスル・ユナイテッドがリーグカップを制した2025年のスマートフォン写真が、同じ展示に並んだ。「Away From Home」が集めたのは、ニューカッスルとサンダーランドを応援する女性22人の声だ。勝敗の記録からこぼれやすい、初観戦、応援道具の作り手、観戦を休んだ時期まで残している。展示は2026年春にサンダーランドのビーコン・オブ・ライトで公開された。現地の案内期間を過ぎた9月12日現在も、オンライン版を読める。
ダービーの相手を、同じ聞き取りへ
ニューカッスルとサンダーランドは、北東イングランドで隣り合う都市のクラブだ。両者の対戦はタイン・ウェア・ダービーと呼ばれる。その二つの応援席から、女性22人への聞き取りを集めた。
企画したのは、女性とスポーツファン文化を研究するダラム大学の社会学者ステイシー・ポープ教授と、同大学の博物館・展示チームに所属するデイヴィッド・ライトである。会場を運営するファウンデーション・オブ・ライトの告知はサンダーランドファン11人を紹介し、4月のGuardianはニューカッスルとサンダーランドのファン計22人への聞き取りと報じた。クラブ別の最終人数と選定方法は公開資料にない。
22人が話したのは、初めてスタジアムへ行った日、家族から受け継いだ応援、遠征、勝敗に揺れた記憶だ。統計調査の標本として女性全体の傾向を測る展示ではない。一人ずつの経験を、二つのクラブをまたいで保存する企画である。
1955年の行列から、2025年の優勝写真まで
展示には、1955年のFAカップ準々決勝再試合を前に、チケットを求めてセント・ジェームズ・パークへ並ぶ人々の映像がある。70年後、ニューカッスルがリーグカップを制した2025年に撮られたスマートフォン写真も収めた。
ダラム州のアマチュアクラブに関する品も並ぶ。クルック・タウンの応援に使われた木製ラトル。ビショップ・オークランドのファンが1957年のFAアマチュアカップ決勝へ持っていった手製横断幕。同クラブの色で作られ、女性ファンが1960〜70年代を通じて身につけた絹のスカーフである。
年代が分かると、女性の観戦を最近の増加だけで説明できなくなる。1955年の映像と1960年代のスカーフは、女子サッカーの観客数が急増するより前から、女性が男子クラブの試合へ通っていた資料になる。
家族の分を縫った人も、自分の席を持っていた
オンライン展示には、ダラムの刺しゅうグループTake a Stitch 2が新たに制作した作品もある。昔の手製ユニフォーム、ロゼット、スカーフを題材にしたものだ。これは1960年代の絹スカーフとは別の現代作品として紹介されている。
女性が夫、息子、兄弟、父親のために応援用品を作ることがあったと、展示は説明する。家族を送り出す裏方に限らず、作り手自身もファンとして試合へ行った。家事や世話を担いながら、応援の色を縫い、スタンドでも使った人がいた。
物の持ち主と使い方を記録する理由はここにある。絹スカーフを誰が身につけ、横断幕をどの決勝へ運んだかまで書くことで、品物と女性ファンの行動が離れずに残る。
出産や安全への不安で、観戦が途切れた人もいる
メアリーは、自分の発言は聞き流されたのに、男性が同じ内容を口にすると受け入れられた経験を語る。ベリルは、結婚後に試合へ行くと夫が嫌がったと振り返った。オンライン版には、安全への不安、出産、育児によって現地観戦を休んだ女性の話もある。
毎週欠かさず通った年数でファン歴を比べると、この中断は本人の熱意不足に見えてしまう。展示は、誰が週末を自由に使えたかという生活上の条件まで聞き取った。別の証言者トレイシーは、女性への扱いが以前より改善したとも話している。
ここでも22人の証言と、女性ファン全体の割合は分ける必要がある。展示から確定できるのは、差別や家族内の役割、安全への不安を経験した人が実際におり、そのために観戦の続け方が変わったということだ。
当初は3月25日まで。4月の取材ではシーズン末まで
ファウンデーション・オブ・ライトは3月10日、ビーコン・オブ・ライトで3月11〜25日に開催すると告知した。ところがGuardianが4月14日に掲載した現地取材では、同じ展示を2025-26シーズン末まで公開するとしている。少なくとも当初の3月25日を過ぎても現地展示は続いた。日程変更を伝える一次発表は確認できず、最終閉幕日は断定できない。
2026年9月12日時点で、現地会期をさらに延長する案内や巡回先の発表は見当たらない。ダラム大学のオンライン版は公開が続く。22人の証言、展示物の提供元、新作の刺しゅう、試合日の音を組み直したサウンドスケープを閲覧できる。
現在確実にたどれる会場はウェブ上だ。そこでは1957年の横断幕を決勝戦と結び、1960〜70年代の絹スカーフを使った女性と結び、観戦を休んだ時期も本人の言葉とともに残している。
