青いクラブを「ペンショナーズ」と呼んだ チェルシーの赤い服の隣人
チェルシーFCの古い愛称は「ペンショナーズ」だった。ここでいう年金生活者は、一般の高齢者ではない。スタンフォード・ブリッジ近くの王立病院で暮らす、英国陸軍の退役軍人たちだ。青いクラブの名前には、赤い正装の隣人が残っている。
1692年から暮らす、陸軍の退役軍人
チェルシー・ペンショナーは、ロンドン西部チェルシー地区の王立病院で共同生活を送る英国陸軍の退役軍人だ。病院は国王チャールズ2世が創設し、1692年2月4日に最初の入居者を迎えた。現在は約300人が暮らす。外出や式典で着る緋色のコートがよく知られる。サッカークラブが生まれる2世紀以上前から、この地区に「チェルシー」の名を持つ共同体があった。
候補は「パン」や「陶工」でもあった
チェルシーFCは1905年3月10日、現在も本拠地の向かいに残るパブで創設された。初期の新聞とクラブ会報では、土地の菓子にちなむ「バンズ」や、地元の陶器産業にちなむ呼び名なども愛称候補になった。最後に定着したのが、近所の退役軍人から取った「ペンショナーズ」だった。クラブ名だけでなく、愛称も街の目印から選ばれた。
パーシーは、公式のクラブ章ではない
赤いコートの退役軍人を描く「パーシー・ザ・ペンショナー」は、1930年代の試合プログラムに登場した。ただし、クラブ公式は、パーシーが正式なクラブ章ではなく、ユニフォームにも付かなかったと説明している。その後、監督テッド・ドレイクはクラブの古いイメージを改め、ライオンの意匠と「ブルーズ」が前に出た。
赤いコートは、今も青い選手の先頭に立つ
関係は試合日に続いている。2025年11月の追悼行事でも、チェルシー・ペンショナーが選手より先にトンネルを出て、チームをピッチへ導いた。2026年2月には、クラブがパーシーを使った服飾企画を発売し、販売額の一定割合を王立病院へ寄付すると発表した。入居者のポールはクラブ公式で、客席の周囲にいるサポーターが友人になったと話している。昔の愛称は、記念品だけでなく、隣人同士の現在の交流にも残っている。
