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米国の流行歌と、東ロンドンの少年 ウェストハム「泡の歌」はどう結びついたか

ウェストハムの試合前に歌われる『アイム・フォーエバー・ブローイング・バブルズ』は、クラブのために作られた曲ではない。1919年の米国録音に残る歌が、東ロンドンの学校で一人の少年の愛称と結びついた。学校とクラブをつないだのは、校長と指導者の関係だった。

歌の出発点は、ロンドンでもサッカーでもない

米国議会図書館には、1919年にニュージャージー州で制作された録音が残る。作曲はジョン・ウィリアム・ケレット。作詞はジャーン・ケンブロヴィン名義だ。ロンドン東部を本拠とするウェストハムとは関係のない米国の大衆歌として始まり、英国でも知られるようになった。

学校の「バブルズ」を、校長が歌でたたえた

クラブが伝える由来の中心にいるのは、旧本拠地ブーリン・グラウンド近くのパーク・スクールでプレーしたビリー・J・マレーだ。画家ジョン・エヴァレット・ミレーの絵『バブルズ』に描かれた少年に似ているとして、同じ愛称で呼ばれた。校長コーネリアス・ビールは、マレーが活躍すると流行歌を替えて歌ったという。ビールはウェストハムの指導者チャーリー・ペインターと親しく、学校の選手にもクラブと関係する者がいた。

1920年代の定着は伝承、確認できる記録は1940年

歌は1920年代にスタンドへ広まったと伝えられる。ただ、歴史家ポール・ブラウンが確認した最初の明確な記録は、1940年のフットボールリーグ・ウォー・カップ決勝だという。最初に歌った人物と日付までは特定されていない。現在は入場時にシャボン玉も舞う。米国の歌と学校の愛称を結んだ話が、目に見える試合前の習慣まで残った。

参考記事West Ham United — B is for BubblesLibrary of Congress — 1919 recordingYahoo Sports — Paul Brown's documentary findingGoal — Park School and Billy Murray