「光」の本拠地は、炭鉱跡に立つ サンダーランドが入口へ残したデービー灯
イングランド北東部サンダーランドのスタジアム・オブ・ライトは、名前だけを聞くと照明設備の新しさを想像しやすい。実際に立つのは、1993年まで石炭を掘ったウェアマス炭鉱の跡地だ。入口には巨大な鉱夫用安全灯がある。クラブは、暗い坑道で使われた「光」を本拠地の名前と公共空間へ移した。
99年の本拠地を離れ、閉山跡へ
サンダーランドAFCは、住宅に囲まれたローカー・パークを99年間使った。全席座席化と収容力の確保が難しくなり、1995年に閉山跡で新競技場を計画した。資料では「ウェアマス炭鉱」と「モンクウェアマス炭鉱」の両表記があるが、ここでは同じ跡地を指す。炭鉱は1835年に採炭を始め、1993年12月に閉じた。スタジアムは1997年7月30日に開き、2000年の拡張で4万9000人規模になった。
「光」は、勝利の比喩だけではない
クラブと地域資料は、名称を炭鉱労働者への敬意と将来を照らす光の両方として説明する。坑内で働く人にとって灯りは、見えるためだけの道具ではない。可燃性ガスがある場所で裸火を使えば爆発につながる。だから安全灯は、産業の繁栄だけでなく、地下の危険と安全対策も一緒に記憶する記号になった。
デービー灯は、何を安全にしたのか
化学者ハンフリー・デービーが1815年に示した安全灯は、炎を細かな金網で囲み、熱が外の可燃性ガスへ伝わりにくくする仕組みだった。英国王立研究所には試作器が残る。国立炭鉱博物館が安全灯を「危険と安全を等しく表す」と説明するのは、この道具が危険そのものを消したわけではないからだ。
入口の像は、設備ではなく公共美術
競技場前の巨大なデービー灯は、彫刻家ジム・ロバーツの作品だ。Historic Englandは、旧モンクウェアマス炭鉱跡に建つ競技場の名称を象徴する公共美術として記録している。実用の照明をそのまま拡大した設備ではない。試合に来た人が、入場前に土地の以前の仕事へ目を向けるための目印だ。
記憶は、像だけで止まっていない
2019年4月、クラブはダラム鉱山労働者協会と提携し、協会を支える「Marra(マラ)」になった。これは地域の言葉で仲間や友人を指す。その年のポーツマス戦では、旧ウェアマス支部を含む10支部の旗がピッチを回った。炭鉱史は入口の像だけに置かれたのではない。試合日に、地域の団体と人が持ち込む記憶にもつながった。
