旧本拠地はスーパーになった サン・ロレンソが46年超かけたボエド帰還
アルゼンチンの名門サン・ロレンソは、1979年にブエノスアイレスのボエド地区にあった旧本拠地を離れた。跡地には後にスーパーが建った。2026年5月26日、クラブは残る8345平方メートルについて、市の公社と無償の使用収益権契約を結んだ。6月16日には会員代表総会が全会一致で承認した。買い戻した土地と、使用権を得た土地。法的な形が違う二つを組み合わせた「帰還」だ。
「帰る」は、今の競技場を捨てるという意味ではない
ボエドはブエノスアイレス中心部の南西にある地区だ。旧ガソメトロは1916年に開き、1979年12月2日に最後の試合を行った。軍政下の市政は道路や住宅を含む再開発を理由に売却を迫ったが、計画は実現せず、土地は後にカルフールへ渡った。サン・ロレンソは1993年、別地区バホ・フローレスにペドロ・ビデガイン競技場を開いた。だから「ボエドへ帰る」とは、競技場を持たない状態の解消ではない。クラブの日常を、歴史的な地域へ戻す運動だった。
法律が決めたのは、無料返還ではなく交渉の枠だった
転機はサポーターが街頭で働きかけた2012年だ。ブエノスアイレス市議会は11月15日、歴史的返還法4384号を可決した。法律は旧敷地を無償で渡すのではなく、カルフールとの交渉を進め、まとまらなければクラブ側の資金で収用する道を用意した。応援が制度を動かした一方、取得費用まで行政が肩代わりしたわけではなかった。
「土地を取り戻す」と「支払いを終える」は別の日だった
クラブとカルフールは2014年に合意へ進んだ。その後も資金調達と権利整理は続いた。クラブがカルフールへの債務の最終支払いを発表したのは2022年2月24日だ。法律成立から約9年3か月後である。この時間差は、返還法の可決がゴールではなく、交渉を始める条件だったことを示す。サポーターの運動は、採決の日だけで終わらなかった。
残る8345平方メートルは、所有権ではなく使用収益権
2026年5月26日、クラブは市の公社コルポラシオン・ブエノスアイレス・スールと、残る8345平方メートルの無償使用収益権契約を結んだ。使用収益権は、他者が所有する土地を使い、そこから利益を得られる権利だ。所有権の移転とは違う。契約は6月16日、76人が出席した会員代表総会で全会一致の承認を受けた。クラブが「帰還は全面的になった」と表現しても、土地のすべてを同じ方法で取得したわけではない。
土地がそろい、次は10年の履行期限へ
2026年の契約では、クラブは公共利用できる1600平方メートル以上の緑地や5か所のスポーツ広場を整える。契約から10年以内に、新競技場と社会施設の工事の少なくとも20%を認証済みにする条件も入った。年間の奨学枠や休暇施設への受け入れ、地元住民の雇用枠も求められる。帰還運動は土地を確保する段階を越えたが、競技場だけを建てれば終わる契約ではない。
