追悼試合の募金は、やけど研究へ ブラッドフォードが40年支える研究室
1985年5月11日、イングランド北部ブラッドフォードのバレー・パレードで火災が起き、56人が亡くなり、258人が負傷した。惨事の後にブラッドフォード大学へ生まれたのが、形成外科・熱傷研究ユニット(PSBRU)だ。クラブと街の追悼は式典で終わらず、研究者を雇い続ける資金にもなった。
病棟ではなく、大学に研究を残した
PSBRUは熱傷病棟そのものではない。火災後の医療対応を指揮した形成外科医デービッド・シャープ教授が、大学に設けた研究ユニットだ。火災への対応には英国の形成外科医のおよそ1割が集まり、四つの手術室で1日に約30人を手術したと大学は記録する。急性期の治療で生まれた疑問を、創傷治癒や傷痕の研究へ渡す場所が必要だった。
手術後の手を高く保つ道具が、研究費も生んだ
シャープ教授の代表的な工夫が「ブラッドフォード・スリング」だ。手術後の手を高い位置に保ち、日々の管理を助ける。大学によると、製造・販売の収益は長年にわたってPSBRUの資金になった。治療器具と研究室は別々の記念物ではない。患者の目の前の困りごとから生まれた道具が、次の研究を支えた。
大学の中にあっても、研究員は寄付で支える
大学での活動と研究フェローは、公衆からの寄付で支えられている。2025年の40周年には、西ヨークシャー消防救助局の職員が「56for56」を実施した。目標額は5万6000ポンド。これは研究室の年間予算ではなく、犠牲者56人を記憶するために設定された一つの募金目標だ。ブラッドフォード・シティも同年5月3日のホーム最終戦を追悼試合とし、会場で寄付を集めた。
30人の研究員と41本の論文は、別の積み上げだ
PSBRUには通常、「ブラッドフォード・シティ・サポーターズ・フェロー」と「デービッド・シャープ・フェロー」の二つの研究枠がある。これまでに30人の研究員を受け入れ、その多くが英国各地で形成外科の上級専門医になったという。大学は、41本の査読論文も数える。30人は育成した人、41本は公表した研究成果で、同じ実績を言い換えた数字ではない。クラブ名が付いた募金は、機器だけでなく、医師が研究に専念する時間を残してきた。
