172
初めてサン・マメスへ来た主将が花を置く 1927年から続くピチーチの出迎え
アスレティック・クルブの本拠地サン・マメスへ初めて来るクラブには、試合前の役目が一つある。相手主将が、アスレティックの往年の選手「ピチーチ」の胸像へ花束を置く。始まりは1927年元日、ハンガリーのMTKブダペストだった。
開場試合で最初に得点した、ビルバオ生まれの選手
ピチーチはラファエル・モレノ・アランサディの愛称だ。1892年にスペイン北部ビルバオで生まれ、アスレティックではインサイドフォワードを務めた。1913年8月、旧サン・マメスの開場試合で競技場最初の得点を記録した。1921年に引退し、翌年3月に29歳で亡くなった。クラブは彫刻家キンティン・デ・トーレへ胸像を依頼し、1926年12月に完成した。
1927年元日、MTKが最初の花束を置いた
胸像の完成直後、ブダペストを本拠地とするMTKが冬の親善試合でビルバオを訪れた。選手たちは1927年1月1日、試合前に胸像へ花束を供えた。アスレティックが記録する最初の例だ。その後、サン・マメスで初めて試合をするクラブの主将が同じ役を引き継いだ。各クラブにつき、最初の訪問で一度だけ交わす挨拶になっている。
胸像は新競技場の選手トンネルへ移った
旧サン・マメスが役目を終え、新競技場が2013年に開くと、胸像も選手トンネルの入口へ移った。相手主将はアスレティック主将とともに花を置き、そこから試合へ向かう。スポーツ紙マルカがリーグ得点王へピチーチ賞を贈り始めたのは1952-53シーズンだった。同じ人物の名が、全国の得点王を示す表彰と、ビルバオへ新しい相手を迎える儀礼の双方に残っている。
