173

1892口の株で、クラブ名を生んだ船を直す ヘルタと蒸気船「ヘルタ」

ヘルタBSCの名は、創設者の一人が父と乗った客船「ヘルタ」から来た。その船は1886年生まれで、いまもドイツの首都ベルリン近郊に残る。2016年に始まった買い取りと修復には、クラブだけでなく会社の株主になったファンも加わった。2026年8月、船はオラニエンブルクの造船所で再び乗客を運ぶための工事を続けている。

フリッツ少年が、船名をクラブへ持ち帰った

船は1886年、現在はポーランド領のシュチェチンにあたる造船所で完成した。船主の娘ヘルタ・ツヴェルナーにちなむ名を持ち、ベルリンのシュプレー川とハーフェル川で客を運んだ。1892年7月25日、フリッツとマックスのリントナー兄弟、オットーとヴィリーのローレンツ兄弟が新クラブを登録する。フリッツが父との船旅で覚えた「ヘルタ」が、クラブ名になった。

三つの船名と、蒸気からディーゼルへの改造

船は戦後に「ザイト・ベライト」、1971年に「ゼーベア」と改名された。船首や船尾、客室も造り替えられ、蒸気機関はディーゼルへ交換された。船舶史家クルト・グロッゲルトが1976年、ゼーベアを1886年のヘルタと特定する。2002年のクラブ創設110周年に元の名へ戻り、船とクラブの関係が表へ戻った。

クラブ創設年と同じ1892口を用意した

2016年、当時ヘルタBSCの役員だったクリスティアン・ヴォルターとイングマール・ペリングが船主と買い取りを交渉した。運航会社は、クラブ創設年に合わせて株式を1892口へ分けた。金融監督当局BaFinが目論見書を承認し、ファン以外も購入できた。参加者は船を所有・運航する会社へ資本を出し、株主として伝統の保存に加わった。

再び乗客を運ぶには、船体を造り直す

船は2017年にベルリンへ戻り、2019年にオラニエンブルクのマルツ造船所へ入った。歴史的な客船としての認定を受けたうえで、運航に必要な安全条件へ合わせる工事が続く。2021年には内装や壁、天井、後部上甲板の木屋根を撤去した。ヘルタBSCは2022年、再航行へ向けて20万ユーロを拠出した。20万ユーロは、船を運航可能な状態へ近づける工事のための資金だ。

溶接工の離脱を越え、甲板と非常口まで進んだ

2025年は造船所の人手不足に加え、アルミ溶接工の長期離脱で作業が止まった。11月の株主総会では代わりの人材を確保したと説明され、その後に工事が再開した。2026年2月までに後部甲板が閉じ、8月3日の更新では前部の非常口と機関室への入口まで取り付けられた。写真に写る中央部はまだ開いている。クラブ名を生んだ船は、もう一度人を乗せるために造船所で形を取り戻している。

参考記事Hertha founding ship — vessel history and restoration timelineHertha founding ship — 2025–26 construction updatesHertha BSC — supporters invited to buy company sharesHertha BSC — €200,000 contribution recorded at the 2022 meetingBerliner Kurier — shipyard report, February 2026