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市営墓地の中に、HSVの客席をつくった スタジアム向かいのファン墓域

ハンブルガーSV(HSV)の本拠地フォルクスパルクシュタディオンから道を挟んだアルトナ中央墓地には、クラブをテーマにした墓域がある。2008年に開かれ、入口はゴール、墓石は客席のような半円を描く。土地は公共墓地の一部で、現在の相談窓口には地元の墓地造園業者が立つ。

西スタンドの裏、公共墓地の一区画にある

墓域は2008年9月、フォルクスパルクシュタディオンの西スタンド裏に開いた。住所はアルトナ中央墓地の中で、練習場にも近い。アルトナはハンブルク西部の行政区だ。試合日の本拠地と埋葬の場所は道を挟んで向かい合い、ファンは同じ地区に長く居場所を持てる。

発案した造園業者が、現在も相談を受ける

2008年の開設時、墓地造園業者ラース・レーダーと石材業者が構想を形にした。現在の専用サイトでも、Friedhofsgärtnerei Rehderが墓所選び、埋葬、手入れの相談窓口として案内される。HSVは名前と色で場所の意味を支え、公共墓地と専門業者が埋葬や日常管理を担う。クラブ文化を墓地の制度へ載せるには、複数の役割が必要になる。

ゴールをくぐり、客席状の半円へ入る

入口はコンクリート製のサッカーゴールだ。その先で墓所が半円状に並び、競技場の段状客席を思わせる。現役時のスタジアムで使われた芝や座席も取り入れた。棺と骨壺の双方に対応し、墓所の利用期間は25年。専用サイトはこれを『25年間のシーズンチケット』と表現する。試合観戦の言葉が、埋葬後の時間を説明している。

63ヘクタールの墓地が、背景にある

アルトナ中央墓地は1923年11月1日に開き、現在は63ヘクタールを占める。設計したフェルディナント・トゥーテンベルクは、社会的地位、教育、宗教を問わず、人々を隣り合わせに葬る墓地改革を進めた。HSVの墓域も、この公共墓地の規則と設備の中に置かれる。クラブへの帰属を表す区画は、幅広い人を受け入れる約100年の墓地の一部として続いている。

参考記事HSV-Friedhof — location, design, burial types and current contactCity of Hamburg — history and scale of Altona Main CemeteryReuters — the 2008 opening and its originatorsAtlas Obscura — visitor guide to the HSV burial ground