女子チームをつくった人が、男子の用具も整えた アーセナルとヴィック・エイカーズの二つの仕事
1987年、アーセナルの地域活動を率いていたヴィック・エイカーズは、少女たちとの会話から女子チームを立ち上げた。後には女子監督と男子トップチームのキットマンを兼ねた。欧州王者へ進んだチームの出発点には、選手を集め、働き口を探し、用具をそろえた一人のスタッフがいた。
女子の入口は、強化部より先に地域の教室にできた
アーセナルはロンドン北部を本拠地とするクラブだ。1985年に始まったコミュニティ部門は、学校や休暇中に女子向けの教室を開いた。地域には、少女が継続してサッカーを学ぶ機会がほとんどなかったからだ。エイカーズはそこで働くアリーシャ・オグレイディと女子リーグについて話し、1987年にアーセナル・レディースを発足させた。既存のイズリントン・レディースも受け入れ、二チームを動かした。トップ選手の獲得より先に、参加できる場所をつくる仕事があった。
16〜18歳には、練習と仕事の両方を用意した
地域活動は16〜18歳の育成制度へ発展した。2025年のThe Guardian取材によると、参加者は政府の訓練制度を通じて給与を受け、サッカー指導とスポーツ資格、地域施設での仕事を経験した。女子のプロ契約へ直結する時代ではなかったが、競技を続けながら働く技能も得られた。チームが必要としたのは練習時間だけではなく、生活を続ける経路だった。
ショップ、マーケティング、洗濯部門が選手を支えた
全国リーグが始まった後も、選手は非プロのままだった。エイカーズは副会長デービッド・デインへ、選手をクラブの仕事に就けられないか相談した。FAの本人インタビューでは、ショップ、マーケティング、洗濯部門などで雇用が生まれたという。高額報酬による職業化ではなく、クラブ内の仕事が選手を残しやすくする半プロ化の一歩になった。
女子監督と男子キットマンを、同じ時期に担った
キットマンは、練習着や試合用具を準備し、選手がすぐ使える状態に保つスタッフだ。FAは、エイカーズが女子チームを率いる一方、男子トップチームのキットマンも務めたと記録する。女子では選手を集め、働き口や練習環境を整えた。男子では日々の用具をそろえた。役割の大きさは比べられないが、どちらも選手がプレーする前の準備だった。
32冠と33冠は、数え始める年が違う
FAは、全国リーグが始まった1991-92シーズンから2008-09シーズンの退任までに、エイカーズのチームが主要32タイトルを獲得したと数える。アーセナル公式は、1987年の発足からの通算を33タイトルとしている。集計の開始時点と対象大会が違うためだ。両者が共通して示す頂点は2006-07シーズン。国内3冠とUEFA女子カップを同時に獲得し、英国の男女を通じて初の4冠を達成した。地域教室から始まったチームが欧州王者になるまで、エイカーズは22年間指揮を執った。
