「黄色い壁」は、どこの席? 2万4454人が一つのゴール裏に立つ仕組み
ドイツ西部の都市ドルトムントで、ボルシア・ドルトムントのゴール裏が黄色に染まる。「黄色い壁」と呼ばれるのはスタジアム全体ではなく、南側の一段式スタンドだ。国内試合の立ち見定員は2万4454人。愛称が生まれた時期と、人数を集める建物の変化をたどると、映像の迫力がどこから来るのかが見えてくる。
黄色い壁の住所は、南スタンド
ボルシア・ドルトムントの本拠地はジグナル・イドゥナ・パルク。旧称のヴェストファーレンシュタディオンでも知られる。その南側ゴール裏が「ズュートトリビューネ」だ。ドイツ語で、そのまま南スタンドを意味する。
クラブ公式が示す立ち見定員は2万4454人。現在のスタジアム全体は8万1365人を収容する。二つの数字で分かるのは、巨大な観客席が四方に分散せず、一つのゴール裏へまとまっていることだ。
クラブもブンデスリーガも、この南スタンドを「黄色い壁」と呼ぶ。映像で場所を探すなら、ピッチの南端にある一段式の客席を見ればよい。
1万2000人から、2万4454人へ
ヴェストファーレンシュタディオンは、1974年の西ドイツ・ワールドカップに合わせて建てられた。クラブの現在の案内では、当初の定員は5万3000人。そのうち3万7000人が立ち見だった。開場時から、立って見る文化を大きな面積で受け止める競技場だった。
南スタンドは当初約1万2000人規模だった。ドルトムントが1997年にUEFAチャンピオンズリーグを制した後の拡張で、1999年に2万4454人へ広がった。クラブはこれを欧州最大の立ち見スタンドと説明する。
ブンデスリーガの紹介では、幅は約100メートル、高さは約40メートル。2万4454人は歓声の大きさを測った数字ではなく、同じ方向を向く観客を一段の大きな面へ収める建物の規模を表している。
愛称が生まれたのは、増築の6年後
ブンデスリーガ公式によると、「黄色い壁」という呼び名が生まれたのは2005年。現在の規模になった1999年より6年遅い。
開場時から決まっていた施設名ではなく、大きくなった南スタンドを黒と黄色の服や旗で埋める日常が先にあり、その見え方を表す言葉が後から定着した。
クラブ公式は南スタンドを、出身や立場の違う人をクラブへの思いで結ぶ場所として紹介する。「壁」はコンクリートの構造に加えて、同じ場所へ通う人々の集まりを指す愛称になった。
欧州戦では、立ち見と座席が入れ替わってきた
南スタンドの立ち見部分は、座席へ転換できる。クラブ史には、国際試合のために座席仕様へ変える仕組みが記録されている。
その運用は後に変わった。UEFAが安全基準を満たすクラブを対象に、欧州大会でも立ち見を認める観察プログラムを始めた。ドルトムントのクラブ発表では、チャンピオンズリーグの収容数が6万6099人から8万1365人へ増えた。増えた1万5000人超は、新しいスタンドを建てた人数ではなく、座席へ変えていた場所を立ち見で使えるようになった差だ。
南スタンドは、いつも同じ形で使われた客席ではなく、国内と欧州の安全規則に合わせて立ち見と座席を切り替えながら、2万4454人が集まる場所を守ってきた。
