工場で生まれ、売却から11年後にユニフォームへ戻った プジョーとソショーの新しい距離
FCソショー=モンベリアールは、フランス東部の自動車工業地帯に生まれたクラブだ。創設したプジョーは2015年に経営から離れた。それから11年後の2026年、同社の名はトップチームのシャツへ戻った。ただし、立場はオーナーではなく、5年間の主要スポンサーである。
工場の車体部門から始まった
クラブの創設日は1928年6月14日。プジョー工場の車体部門に集まった社員が、フットボール・クラブ・ソショーを立ち上げた。初代会長はルイ・メイヤール=サラン。モーリス・バイリーが選手兼監督を務めた。8月19日にフランス連盟へ加盟し、9月2日に最初の試合を行っている。会社の福利厚生だけで終わらず、競技クラブとして動き出すまでが速かった。
報酬を隠さず、プロ化を先取りした
当時のフランスでは、選手への報酬を表向き認めない「アマチュアリズム」が残っていた。ソショーは選手を工場で雇いながら、実質的に競技へ集中できる環境を整えた。各地の有力選手を集め、1930年には自らクープ・プジョーを始める。フランス連盟が正式なプロ化を決めたのは1932年1月17日だった。企業の資金力は強みだったが、同時に、競技制度そのものを先回りしたクラブでもあった。
1974年、工場のクラブは育成のクラブにもなった
1974年には育成センターを開設した。トップチームへ選手を送るだけでなく、フランス代表へ進む選手も育ててきた。自動車会社の支援で強くなったという創設期のイメージに、長い時間をかけて人材育成という別の柱が加わった。
所有が終わり、地元企業が引き受けた
プジョーは2014年までクラブを支え、売却は2015年に完了した。その後は中国系企業の所有を経たが、2023年8月25日、地元の経済関係者でつくるFCSM 2028が全株式を取得した。現在のクラブを所有しているのはプジョーではない。創業企業の離脱後に、地域の主体が経営を引き受け直した形だ。
株主ではなく、5年のスポンサーとして戻った
2026年3月11日、クラブとプジョーは5年間の提携を発表した。社名はトップチームのシャツやスタッフの装備、スタッド・ボナル、育成年代のシャツに掲出される。教育や地域活動も対象に含む。一方、プジョーは株式を取得していない。工場がクラブを所有した時代へ戻るのではなく、地元が持つクラブを企業が支える。11年ぶりの再接続は、その距離の違いまで含めて読む必要がある。
