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66人が亡くなった13番階段 アイブロックスの惨事が全国の安全基準に変わるまで

英国の競技場安全で使われる「グリーン・ガイド」は、1971年のアイブロックス惨事後に薄いA4冊子として始まった。66人が亡くなった13番階段の事故は、設備だけでなく、警察、救護、群衆管理を同じ基準で考える転換点になった。指針と法律は、事故のあとにどう役割を分けたのか。

試合終了後、13番階段で起きた

1971年1月2日、スコットランド最大の都市グラスゴーにあるアイブロックスで、レンジャーズ対セルティック戦が行われた。両クラブの対戦は「オールドファーム」と呼ばれる。

終了後、コップランド・ロード側の13番階段で観客が折り重なった。66人が亡くなり、200人を超える人がけがをした。スコットランド国立公文書館を運営するScotland’s Peopleは、8万人を超す観客が来場し、亡くなった全員が50歳未満だったと記録している。

死因調査は、先頭付近の一、二人が倒れ、その後ろの人々が状況を見通せないまま押し寄せたことが圧死事故につながったと結論づけた。試合内容ではなく、退場する人の流れをどう守るかが問われた。

同じ階段では、10年前にも2人が亡くなっていた

レンジャーズの公式史によると、1961年にも13番階段で2人が亡くなり、44人が負傷していた。1971年の事故は、危険を初めて知らせる出来事ではなかった。

競技場ごとの改修や現場対応だけでは、同じ種類の危険を全国で比べられない。どの施設にも適用できる最低基準と、基準を守らせる仕組みが必要になった。

102人の証言と、60を超す競技場の調査

死因調査では、遺族を除く102人の証人が呼ばれた。さらに英国政府は、判事のウェートリー卿を中心に、競技場の観客安全を調べる独立調査を設けた。証拠の収集と検討は12か月を超え、別班は英国の60を超す競技場を訪れた。

報告が批判したのは階段の形だけではない。警察、救護、救急車の設備と、群衆管理に関わる人々の連携も不十分だとした。安全は建物だけでも、人員だけでもつくれない。設備と運営を同じ基準で見る考えが、ここで前面に出た。

1973年の指針と、1975年の法律は役割が違う

ウェートリー報告は、中央で共通基準をつくり、許認可の判断に使うよう求めた。1973年に初版が出たのが、競技場安全指針「グリーン・ガイド」だ。現在の発行主体Sports Grounds Safety Authorityによると、当初はクラブ向けの薄いA4冊子だった。

ガイドそのものは法律ではない。設計と運営の実務を示す指針である。一方、1975年のSafety of Sports Grounds Actは、指定された競技場に安全証明書を求める法的な仕組みを整えた。助言となる基準と、自治体が収容人数や管理条件を確認する法制度が、別の役割を担った。

基準は、その後の惨事を受けて書き換えられた

グリーン・ガイドは、1985年のブラッドフォード火災や1989年のヒルズボロ惨事など、その後の検証を受けて改訂された。2018年の第6版は、観客が場外で到着・退出する区域「Zone Ex」まで対象を広げた。次版は2028~29年に予定されている。

アイブロックスだけで、その後の安全問題が解決したわけではない。残ったのは、事故のたびに設備と運営を検証し、共通基準を書き換える仕組みだった。

参考記事Rangers FC — 2026 Ibrox remembranceRangers FC — Always RememberedScotland's People — Records of the 1971 disasterSports Grounds Safety Authority — Green GuideUK Legislation — Safety of Sports Grounds Act 1975