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最初にそろえた赤は12個の房付き帽子 フォレストからアーセナルへ渡った色

ノッティンガム・フォレストの赤は、創設時から「ガリバルディ・レッド」と呼ばれた。最初にそろえたのはシャツではなく、12個の帽子だった。その色は約20年後、ロンドンで生まれたアーセナルへ渡る。

最初の注文は、12個の房付き帽子

ノッティンガム・フォレストは、イングランド中部ノッティンガムのクラブだ。1865年の創設会議で、メンバーはチームカラーを「ガリバルディ・レッド」と決めた。最初に注文した赤い品は、シャツではなく房付き帽子12個だった。やがてシャツにも同じ色を使う。色名は後から付いた愛称ではなく、創設時の決定に入っていた。

ガリバルディ本人は、ノッティンガムに来ていない

ジュゼッペ・ガリバルディは、19世紀のイタリア統一運動を率いた軍人・政治家で、義勇兵の赤いシャツで知られた。1864年に英国を訪れたが、ノッティンガムには足を運んでいない。それでも街では1861年に別の講演者が彼の活動を紹介し、名を付けたパブや商品も現れた。ノッティンガムの代表団はロンドンで本人に会っている。赤は訪問の記念色ではなく、街に広がっていた人気から選ばれた。

1886年、赤い一式がロンドンへ

1886年、ロンドン南東部の兵器工場で生まれたクラブ、後のアーセナルには、元フォレストのフレッド・ビアズリーがいた。新チームが用具を必要としたとき、フォレストはガリバルディ・レッドのシャツ一式を送った。アーセナルの赤はここから始まり、1933年に白い袖が加わった。今の両クラブのユニフォームは同じではないが、ロンドンへ渡った最初の赤にはフォレストの助けが残る。

参考記事Nottingham Forest — the Garibaldi linkLeftLion — Garibaldi and NottinghamArsenal — did Forest donate the red shirts?Arsenal — origins of the kitArsenal — how the club was formed